イデ・マレが取り組んでいる事業をご紹介します。

この先も、現場で働き続けるだけでいいのだろうか
私は長年、美容師として現場に立ち、美容室を経営してきました。技術を磨き、経営を学び、スタッフを育てる。自分も、スタッフも、お客様も、豊かに幸せに暮らせるように。その思いで仕事に向き合ってきました。
けれど、コロナを経験して、現場で仕事ができなければ収入につながらないという不安定さを、強く感じました。
「こんな不安定な未来のために、美容師人生を送ってきたわけではない」
この先も、自分が現場に立ち続けることだけに頼っていていいのだろうか。これまでの経験を生かして、私にできる新しい仕事はないだろうか。
そう考え、学び始めたことが、今のイデ・マレにつながっています。当時はまだ、古民家との出会いもありませんでした。

時間がない中で、学び、小さく始める
新しい仕事を探そうと思っても、美容師の毎日は、ほとんどの時間を現場で費やします。勉強のために、まとまった時間を取ることはできませんでした。
そこで、早朝や帰宅後の時間を使って、オンラインのスクールで学び始めました。ホームページの作り方、インスタグラムの運営、経営、財務。これまでの美容室経営とは違う知識や技術を、一つずつ身につけていきました。
学びながら、まずは小さく始めてみようと取り組んだのが、学んだコンテンツを紹介するブログでした。それが、このサイトにある「学びとコンテンツ」の始まりです。
最初から、今の事業の形が見えていたわけではありません。学んで、試して、自分にできることを探すところからの出発でした。

私が離れても、育ち続ける美容室へ
学びを重ねる中で、美容室と自分のこれからの働き方も、少しずつ見えてきました。
私自身が現場に立って収入を得る形から、店長が中心となってお店を動かし、現場の収益がスタッフに行き渡る形へ。私は経営を間接的に支える役割に移っていきたいと考えました。
ただ、長年お付き合いのあるお客様もいらっしゃいます。急に現場を離れれば、お客様を戸惑わせ、売上にも影響するかもしれません。
目指したのは、「私が離れても、売上が上がり続ける仕組み」をつくることでした。
そのために、ホームページ制作、広告運営、求人、集客を外注に任せるだけでなく、自分で技術を身につける。美容室にとって大切な、お客様や働く仲間との接点を、守り育てていこうと考えました。
こうした支援を別会社の仕事として行うために、新しい会社を起こす必要がありました。その頃に出会ったのが、熊本の古民家です。「ここを、新しい仕事と暮らしの拠点にできないだろうか」と考え始めました。

母の言葉と、古民家との出会い
古民家との出会いには、家族との出来事も重なっていました。
当時、91歳の母は、「私が死んだらどうするの」と、笑いながら私に言うことがありました。
私は四人姉妹の三番目で、独身です。実家には母と姉夫婦が暮らしていました。母は、自分がいなくなったあとの私の帰る場所を、案じていたのかもしれません。
そんな頃、地元に住むもう一人の姉と妹から、「近くに、いい古民家が売りに出たよ」と連絡がありました。二人も山間地域の活性化に取り組んでいて、「いい物件はすぐ売れてしまうから」と、手続きを進める力になってくれました。
新しい仕事の拠点としてだけでなく、自分が帰れる場所としても、この古民家を持つことになりました。
母は、生きている間に一度、見に来てくれました。それから間もなく他界しましたが、私の帰る場所ができたことに、少し安心してくれたのではないかと思っています。
この家は、これからの仕事と暮らしを考える、大切な拠点になりました。

完成していない。だから、リアル。
学び、美容室の仕組みづくり、新しい会社、古民家での拠点づくり。描いた未来に近づくために、いくつもの挑戦を同時に進めてきました。
途中で、何から手をつければいいのか分からなくなることもありました。このまま全部、中途半端に終わってしまうのではないかと、不安になることもありました。
夢を話せば、「そんなにうまくいかないよ」「本業にもっと集中したら」と言われることもありました。
それでも、私にとっては、どれもこれからの暮らしに必要な取り組みでした。スタッフが中心となって育つ美容室。その美容室を支える新しい仕事。そして、故郷に帰り、人とつながれる場所。それぞれが、一つの未来につながっています。
インスタグラムでも伝えているのは、「60代からのビジネスと2拠点生活」です。名古屋と熊本を行き来しながら、これからの働き方と暮らし方をつくっています。
まだ、理想の形がすべて実現したわけではありません。学び、試し、時には立ち止まりながら進んでいる、その途中です。
活動ジャーナルでは、そんな日々の取り組みや気づきを、自分の言葉で伝えていきます。